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校長便り

『春を待つ』(校長だより)

投稿日2024/2/8

 つい先日、新年を迎えたと思っていたら、あっという間にもう2月、節分です。節分が終われば立春、暦の上では春になりますが、例年、ここからが一番寒い時期です。2月3日の節分の日には、本学園の理事長先生がご住持なさる千葉の大巌寺の節分追儺式に行って参りました。
 2月の節分は、立春の前日に鬼を祓う行事です。仏教では、鬼は外からやってくるものではなく、自身の心の中に生まれる煩悩だと考えるそうです。大晦日に除夜の鐘をつくのと同じように、節分も新しい季節(春)にむけて煩悩を祓います。煩悩を祓った清浄な心で、新しい年、新しい季節を迎えたいという思いは、大晦日も節分も同じだといえるのかもしれません。
 ところで、1月から2月始めまでのこの時期は、12月に行われた本学園中学校の内部選考試験から続き、6年生児童が進学を希望する中学校の入学試験に臨む緊張の季節でもあります。これまで本校で学んできたこと、そして自身の努力の積み重ねと、ご家族の応援を胸に、持てる力を存分に発揮できますようにと、子どもたちの健闘を願い、祈りました。
 私は例年、入学試験の皮切りになる内部選考試験前に、6年生の子どもたちを応援する気持ちを込めて増上寺に参拝し、頂いてきたお守りを渡し、話をする機会を持っています。
 増上寺安国殿には、徳川家康が深く尊崇し、そのご加護により度重なる災難を除け、戦の勝利を得たという阿弥陀如来像が安置されています。この阿弥陀如来像は煤で真黒なことから黒本尊と呼ばれ、勝運(物事全般がすぐれた方向に運ぶ運)を授けてくださるとして信仰されてきました。子どもたちに渡すお守りは、この黒本尊にちなんだ真黒なお守り袋の「勝運守」です。
 私は、勝運守は勝利を約束するお守りではない、と子どもたちに伝えています。最後には戦国の覇者となった徳川家康も、常に勝ち続けていたわけではありません。むしろ、江戸幕府を開くまでには、命からがら逃げたり、妻子や多くの家来を失ったり、数々の苦難を乗り越えなければなりませんでした。徳川家康のすごいところは、何度くじけても再び立ち上がり、必死に生き抜いたところです。家康の旗印に「厭離穢土 欣求浄土」とあるように、そこには阿弥陀様への信仰が精神的な拠り所としてあったのだろうと思います。
 努力をし、祈っても、必ずしも全員が満足を得られる結果となるとは限りません。けれども、阿弥陀様のお名前を呼び、祈り、必死に努力をするならば、自分では気が付かないうちに、阿弥陀様が良い方向へ導いてくださいます。今、良かったり悪かったりするように見える事でも、本当に良かったのか悪かったのかは、全く分かりません。徳川家康がそうだったように、起きたことに一喜一憂することなく、一生懸命に生きていると、最後は阿弥陀様があなたにとって一番良い方向へと導いてくださるのだと思う、と話しています。その意味で、黒本尊の勝運守なのです。 
 中学入学試験という、己一人で受け止めなければならない、「子どもだから」という甘えの許されない厳粛な体験は、12歳の子どもを大人にします。一つひとつの試験、合格、不合格が、子どもを成長させる大きな機会になるのだということを、毎年実感してきました。まさに、入試の時期を通して、子どもたちは大人になっていくのです。そして、この入試という貴重な経験を、かけがえのない心の成長に生かすことができるのかどうかは、周りの大人の導きにかかっているともいえます。特に、努力の過程と結果の受け止め方へのサポートが必要です。私たち教員も、特に6年生担任は、緊張しながら、子どもたち一人ひとりに心からエールを送り、この時期を過ごします。  
 大巌寺の節分追儺式では、春を思わせる暖かい日和ということもあり、お檀家の方々や近所の方々を含めてたくさんの人々がお参りし、撒かれた豆や餅、硬貨、菓子などを笑顔で拾っていました。私も、入試真っただ中の児童・保護者の健闘を祈りながら、風邪やコロナ感染症、インフルエンザにかかわらず、心身共に健康に生活していくことができますように、「鬼は外、福は内」と念じ、帰途につきました。