5月のPTA総会の挨拶で次のような話をしました。

 「一年生の親御さんはお子さんの名前を学用品や持ち物に書くので大変だったでしょう。でも、子供の名前を書くのはまだいいです。未来があるから。それに比べ、自分の親が介護施設などへお世話になることになって衣類に親の名前を書くときは、何か切ないものがありますよ。」

 この話を覚えておられ、保護者会などで来校された折に話しかけてくださる方がいらっしゃるのには驚きました。「実は、最近私も同じような経験をし、身につまされました。」と。

 また、5月24日付の校長だより「続給食訪問記」で、学校だよりに書いた弁当の話の感想を紹介しました。この弁当の話については、だいぶ反響があり、学園内外の方からも多数の感想が寄せられました。

 自分の発信したものに何の反応もないとやる気が薄れます。ですから、感想が寄せられるのは喜ぶべきことなのですが、一方でそれはそれで大きなプレッシャーとなります。話したことは口が滑ったで済みますが、書いたことは残るので筆が滑ったでは許されない事態も時として生じます。そのため、書くことには慎重にならざるを得ず肩に力の入った文章になる傾向があります。

 国語教育や道徳教育で著名な野口芳宏先生は、「文章が歩くように呼吸するように書けるようになるには文章をたくさん書くことだ。」とおっしゃいます。
 
 歩くように呼吸するように文章が書ける人に私もなりたいと思いますが、恥ずかしながら少し歩くと息切れしてしまうのが実情。まだまだ修業不足です。